ホワイトリリー

 「ロマンポルノ・リブート・プロジェクト」の最終作について。
 日活入社によって映画の世界に入ったのが、中田秀夫氏。ペーペーの助監督から始まって、ロマンポルノの現場で映画を学ばれた。上垣組、黒沢組などに付いておられたようだが、ご本人に言わせると「ぼくは優秀な助監督ではなかった」ということになるようだが、それでもいつかはロマンポルノを監督するというのを夢見て、現場を走り回っておられたのに違いない。
 が、1988年、日活はロマンポルノの製作を中止し、そのせいで若き中田秀夫は、夢を叶える前に日活を去ることになる。
 その後の中田秀夫監督の活躍は皆さんが知る通り。ハリウッドでもその名は高い。

 そういう意味からいうと、中田秀夫監督がこの「ロマンポルノ・リブート・プロジェクト」を撮るには、最もふさわしい人だろう。あれから30年、中田秀夫監督、念願のロマンポルノデビューなのだ。

 その『ホワイトリリー』なのだが、いやいや、ねちこい。これでもかとくるエロス描写には、監督の30年間の思いが積み込まれているといえば言い過ぎだろうか。まさに、80年代のロマンポルノの名作を見ているような趣だった。
 じゃ、面白かったのかと言われれば、これがそうでもないんだな。
 じゃ、何が悪かったのかと言われれば、もうこれは「脚本」だ。
 心も身も傷付いた主役の女性が、心も身も捧げるように惚れる陶芸家の女性先生というのが話の芯なのだが、その女性先生がちっとも魅力的でないのだ。いや、これは演じた役者のことではない。脚本上の設定として、まったく魅力的でない人物を造形してしまったのが原因なのだ。芯がずれてしまったので、主人公の行動に説得力が伴わない。これはつらい…。そこに男が絡んできても、女性先生が光らないので、三人の三角関係がドラマを生んでこない。もったいないとしか、言いようがないのだ。

 「百合族」という言葉を生み出したのもロマンポルノだった。中田監督の、それらも含めたすべてのロマンポルノへのオマージュは感じられるのだが、いかにも中途半端な作品になってしまった。が、機会があれば、ぜひまた、中田監督のロマンポルノを見てみたい。その際には、もう少し脚本を練って。

                                          フリーライター 宇喜多洋平


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